これまでに取り組んだ事件

大日岳訴訟全面勝利和解を勝ち取る!

大日岳雪崩遭難死亡事故国賠事件弁護団
弁護士 中 島 嘉 尚(あるぷすの風法律事務所)

1.大日岳雪崩遭難死亡事故とは、文部省(当時)の登山研修所が、2000年3月5日、富山県大日岳で実施した、大学山岳部リーダー研修会において、同研修所の講師が、登山ルートの選定を誤り、雪庇(雪庇とは、単なる庇状のもののみならず、稜線より風下側にできる雪の吹きだまり状のものも含み、時に大きなものに発展し、稜線を見誤らせる原因となる。そのような吹きだまりに入れば雪庇が崩壊する危険性がある。国は、当時は40メートルの規模の吹きだまりができていたために、そのような規模の吹きだまりを予見できなかったと主張)に受講生らを進入せしめ、その結果雪庇が崩壊し、転落した受講生のうち、2名の大学生(神奈川県在住と、兵庫県在住)が雪庇崩壊により発生した雪崩に巻き込まれ死亡した事故です。
2.第一審判決、富山地方裁判所は、講師のルート選択に過失があったことを認め、被告国に対し、原告らに損害賠償を命じる全面勝訴の判決を言い渡しました(提訴の日、2002年3月5日、一審判決の日、2006年4月26日)。国は控訴手続きを取り、名古屋高裁金沢支部に係属しましたが、準備手続きを経た後、第一回の口頭弁論手続きで結審となり、同時に職権和解勧告がなされました。当方は、第一審判決に従うことを前提条件として和解手続きに応じました。和解手続きでは、命の値段を削ることは絶対に許さないこと、これに安全対策と謝罪を求めました。
3.その結果2007年7月26日、名古屋高裁金沢支部において、全面勝利和解というかたちで終結することができました。以下和解内容の要旨を述べます。
① 国は、損害賠償については富山地方裁判所の判決の結論部分に全て従い遅延損害金の全額を含めて支払う。
② 今後の安全対策については、文部科学省において、本件訴訟において明らかとなった本件事故に関する事実関係を踏まえ、本件事故を教訓として、幅広い有識者により構成される安全検討会(仮称)を設け、遺族原告らの傍聴を含めた公開のもとに、遺族原告らや国民から広く意見を求め、これを十分考慮のうえ検討する。
③ また、上記和解手続きに付随して、和解本文には入れませんでしたが、お詫びに関し、文部科学省当局の書面による約束を得ました。その内容は、文部科学省のスポーツ青年局長と生涯スポーツ課長が、それぞれの遺族原告宅に出向いて、死亡した2人の学生の遺影と遺族に対して、これまでの対応も含めてお詫びをする、という内容です。
4.この全面勝利和解には前文がついています。その内容の要旨は、「本件事故と同種の事故が再び発生することのないように、十分な安全対策を検討した上で、本件事故を教訓として、若い世代に山の文化を発展させて行くことが可能となるように、当事者双方に対し、和解による解決を勧告し、これを受けて、当事者は、本件を和解により解決することに合意した」というものです。
この前文により、和解の目的がより一層明確になり格調の高いものとなりました。おそらく国相手の訴訟でこのような峰を築いた和解は余り例がないのではないでしょうか。その意味で画期的であり、他の事件に大いに参考にしてもらえるのではないでしょうか。
5.この事件で大変だったのは、原告が神奈川、兵庫、弁護団は長野、裁判所は富山、石川と分散していたことでした。原告や支援者とともに何回も弁護団会議を開きました。必ず皆で意見を出し合い訴訟の方針を決めました。又、長野県の各弁護団のメンバーは経費を節約するために富山、石川まで相乗りをして裁判所に通いました。苦しい中の楽しみは毎回帰りに富山のお寿司屋さんで生きの良い魚を食べることでした。
更に現地調査を何回も実施し弁護団も大日岳に登りました。山に行く度に新しい発見が出来、裁判の主張に活かすことが出来ました。思い出深かったことは、大日岳から称名(しょうみょう)川までほぼ真直ぐ降りるルートを下降したときのことでした。私は足がいうことをきいてくれなくなってしまい下降に難儀をしましたが、S先生は、私より若いのでさっさと下降していきました。しかし地獄がその後に待ちかまえていました。降り切ったと思いヤレヤレとS先生は先にビールを飲んで休んでいました。ところが降り切ったと思った場所はまだ全体の半分で更に下降しなければならず、S先生はビールを飲んで酔いが回って大変苦労をして降りられたようです。
6.この裁判の支援も大変なものでした。究明する会や国民救援会により富山、石川、神奈川、兵庫を中心に支援体制と組織が結成され、長野も支援に加わりました。裁判所、文部省に提出した署名数は実に30万筆以上にのぼりました。
又、日本共産党の井上哲士参議院議員の協力もいただくことが出来ました。勿論一番苦労したのは、遺族原告の皆様ですが、それに加え山岳の専門家の協力や善意の人々に支えられて、総力戦で裁判を勝利するまで闘うことが出来たことは、弁護団にとって大変貴重な経験でした。
(しらかば 2007.10)


 

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